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2012年9月10日 (月)

来年は確実に消えている二人が立ち話

◆MBニュース

未来志向で日韓協力=野田首相、李大統領と一致

 野田佳彦首相は9日、ロシア・ウラジオストクで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議閉幕後、韓国の李明博大統領と立ち話し、日韓関係を未来志向で発展させるため、両国が協力することで一致した。韓国大統領府関係者が明らかにした。
 日韓首脳の接触は、李大統領が日本側の中止要請を無視して島根県の竹島に上陸して以降初めて。竹島問題で両国の対立が先鋭化する中、首脳レベルで未来志向の協力を確認したことで、関係悪化に一定の歯止めがかかりそうだ。
 首相の説明によると、首相は李大統領に「北朝鮮をめぐる問題があるのでしっかり連携しなければならない」と述べ、竹島問題での関係悪化にもかかわらず、韓国と連携していく考えを強調。「大局観に立った2国間関係を構築していこう」と関係修復を呼び掛けた。

時事通信 9月9日(日)14時31分配信 

不法占拠の竹島奪還は粛々と行って頂ければ結構です。

●シリーズ 竹島問題を理解するための10のポイント~ より

④ 日本は、17世紀末、鬱陵島への渡航を禁止しましたが、竹島への渡航は禁止しませんでした。

Takeshima10_2 1.幕府より鬱陵島への渡航を公認された米子の大谷、村川両家は、約70年にわたり、他から妨げられることなく独占的に事業を行っていました。

 2.1692年、村川家が鬱陵島におもむくと、多数の朝鮮人が鬱陵島において漁採に従事しているのに遭遇しました。また、翌年には、今度は大谷家が同じく多数の朝鮮人と遭遇したことから、安龍福、朴於屯の2名を日本に連れ帰ることとしました。なお、この頃の朝鮮王朝は、同国民の鬱陵島への渡航を禁じていました。

 3.状況を承知した幕府の銘を受けた対馬藩(江戸時代、対朝鮮外交・貿易の窓口であった。)は、安と朴の両名を朝鮮に送還するとともに、朝鮮に対し、同国漁民の鬱陵島への渡航禁制を要求する交渉を開始しました。しかし、この交渉は、鬱陵島の帰属をめぐって意見が対立し合意を得るに至りませんでした。

 4.対馬藩より交渉決裂の報告を受けた幕府は、1696年1月、朝鮮との友好関係を尊重して、日本人の鬱陵島への渡航を禁止することを決定し、これを朝鮮側に伝えるよう対馬藩に命じました。この鬱陵島の帰属をめぐる交渉の経緯は、一般に「竹島一件」と称されています。

 5.その一方で、竹島への渡航は禁止されませんでした。このことからも、当時から、我が国が竹島を自国の領土だと考えていたことは明らかです。

 ①日本は古くから竹島の存在を認識していました。 → http://active-teshima.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-c4d4.html

 ②韓国が古くから竹島を認識していたとう根拠はありません。 → http://active-teshima.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-51c9.html

 ③日本が、鬱陵島にわたる船がかり及び漁採地として竹島を利用し、遅くとも17世紀半ばには、竹島の領有権を確立しました。 → http://active-teshima.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/3-046b.html

 ⑤韓国が自国の主張の根拠として用いている安龍福の供述には、多くの疑問点があります。 → http://active-teshima.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/5-7588.html

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